相変わらずいい雰囲気出してるじゃねえか。思わず一人呟きながら入ったのは「重慶大厦(チョンキンマンション)」。
8年前、香港を訪れた際に滞在していたこのビルは複合施設というよりも雑居ビルがお似合いだろう。
飲食店に始まり両替屋、果てには何を売っているのか検討もつかないような店もある。そして香港の安宿が集うビルとして有名だ。
今回重慶大厦に入ったのももちろん、少しでも安い宿に身を寄せるため。
さて、このビルをより「雑居」足らしめているものは「人」に他ならない。
このビルの利用者及び店主はインド人・アラブ人・黒人が大多数を占めており、ビル入口にたむろする彼らの姿はまるでそこが香港であることを忘れるほどの異様とも言える雰囲気を醸し出すこととなる。
その怪しい空気への懐古と、久しぶりで少し弱腰になる自分を鼓舞するためにも、つい冒頭の言葉が口を突いて出たのだ。
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いくつか宿を周る中で、どこかしまらなく不安にさせるような笑顔の女性に声をかけられる。どうやらハワイゲストハウスという宿の女将らしい。
1泊いくらなのだと尋ねると、150香港ドル(約2000円)だ、と。ふむ、これは重慶大厦の中でもだいぶ安いぞ。
とはいえ、この信頼ができない笑顔はどうしたものかと思案しつつ部屋を見せてもらうことにするも、
道すがら筋骨隆々な黒人たちとすれ違うにつれ、不安は増していく一方。
部屋の中はシングルベッドが2つ、それぞれの枕カバーとシーツには染ができており、使い古された掛け布団とタオルは本当に洗っているのか疑問を覚えるような匂い。
極め付けにジーンズを床に置いてニヘラとした笑みを貼り付けた女将が言うのだ、これは足拭きマットに使いなさい。
記念すべき旅最初の香港宿が、ここハワイゲストハウスに決まった瞬間だった。
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8年前、香港でよくしていたことがある。夕方前に港に行きビール片手にゆっくりと香港島が灯をともしていく景色を楽しむことだ。
これは物価の高い香港において貧乏学生バックパッカーは暇だと言うことだけではなく、当時ラオス恋しくベトナムで疲弊した心を癒すためでもあったのかもしれないが、日課と呼んでもよかった。
久しぶりにかつての旅に想いを馳せる中、8年前と変わらぬ街並みを抜けて香港島を臨む港へと足を早めた。
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結局、香港は3泊だけして出た。それは高い物価のおかげでもなければ街に飽きたからというわけでもない。
香港は自分の中で役目を終えたのだ。
8年の月日を経てなお自分の中に残る感覚を思い出させてくれたから。
重慶大厦も、汚いシーツも、夜景も、そういった装置であった。
旅人の自分に、ただいまを言おう。
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(2018.03重慶大厦)
(2010.06重慶大厦)
なんか君、綺麗になったね・・・。
香港の食べ物。
その他、インスタグラムに写真載せています。