バングラデシュの都市間を移動すると、旅をしているということを強く実感させられる。
バスで移動すれば、整備し切れていない悪路に荒い運転、長距離でも立ち席は当たり前。
列車に乗れば、出発時刻になってもこない上に到着はさらに遅れる。
何よりも、人を丸めて押し込んだかのようなぎゅうぎゅう詰めには嫌でもため息が出てしまうといったところである。
だけど同時に、これこそが求めていたカオスだ、とも思ってしåまう。
つまり、バックパッカーとは、なんでも「イイネ」をしてしまう人種でもあるのだ。
これまでを振り返ると、我ながらちょっぴり恥ずかしいけれど。
旅をすると言えば、人との出会い・ふれあい、美味しい料理に壮大な遺跡群・・・
それらは勿論、刺激的で思い出深い。
だけど、もう一つとっておきの楽しみがある。
移動そのものである。
都市間であれば、バスや列車、場合によってはタクシーもあるかもしれない。
街中を移動するなら、バイタクやトゥクトゥクなどといったところか。
そんな中で、時間もお金も節約できない極めて非効率で不合理な移動手段がある。
バングラデシュの首都・ダッカとインドのコルカタをぴっと直線で結ぶと、中間点からやや南にクルナという都市がある。
この2都市を結んでいる交通手段は3つだ。
バス、列車、船。
ダッカとクルナをバスで移動すると、約7時間前後。ふむ、旅ではよくある移動時間と言えよう。
船の場合は、なんと約26時間にもなる。
26時間と言えば、なんと鉄道なら西安〜敦煌まで行けるしバスならカシュガル〜ウルムチとほぼ同等なのだ!
国内で言えば、10年ほど前に札幌から東京までをJRのフリーきっぷで移動した時も同じくらいかかったような思い出がある。
お察しの通り、今回は船を選択した。理由は3つだ。
1つ、混沌極まるバングラデシュにおいて、ピライベートなスペースを確保できるから。
2つ、ロケット・スチーマーなるこの船は世界でバングラデシュでのみ乗れるから。
3つ、船旅は楽しいから。
お金も時間も度外視(とは言っても、べらぼうに高いわけではないけれど)、楽しそうと思った方向についつい動いてしまう。
旅人の性である。
話は逸れるが、この「旅人の性」とは実に厄介。
不合理であっても、この言葉を使えば効果覿面、それならば仕方がないといった空気を醸し出すのに最適なのである。
いっそ約束を破ったとしても、大抵「旅人の性」で済ませてしまうのだ。
似たようなところで、アラビア語の「インシャッラー(神が望めばね)」がある。
これは要するに「行けたら行くわ」。行かなくても神が望んでなかったのだからそりゃあ仕方がない。
対して「旅人の性」は後出しジャンケンのようなもの。はた迷惑な話である。
旅人と約束をする場合には注意されたし。
ロケット・スチーマーは、80年以上も働き続けている世界で唯一の定期「外輪船」である。
巨大なパドルの回転によって前へ前へと進んでいく。
旅行者はもちろん生活する人々の足として使用されている長い歴史があるロケット・スチーマー。
同区間にはグレードの高く新しい(比較的)船はいくらでもある。
遠くない未来に、ロケット・スチーマーは役割を終える日が来るかもしれない。
そう思うと、やはり一度は乗っておきたいと考えてしまうのだ。
見た目は歴戦の戦士が如く、ただならぬ人生(船生)を送ったことを物語っている。
と言えば聞こえはいいが、ボロいのである。
内装はどうか、これが意外にも綺麗なのだ。
当時はまさしく豪華で優雅な船旅であったことを想像させてくれる。
出港は夕方18時を過ぎた頃。もちろん、定刻通りなんてことにはならない。
夕日をバックに、ゆっくりとダッカを遠くしていく。
自転車程度の速度で進むので、風が気持ちいい。
屋根部分に座って、景色を楽しむことができるのもロケット・スチーマーならではと言えるだろう。
デッキに座ってチャイを飲んで。のんびりとタバコをふかしながら煌めく川面を目に映す。
客室に戻り、波に(と言うほど波はない。川だから。)揺られながら本を読んで。
人類の天敵ことGと複数回に渡る死闘を繰り広げ。眠りにつく。
朝は少し早起き。日の出を拝みながら買っておいたりんごを齧る。
一眠りして、本を読んで、昼を食べチャイを飲み・・・
それでもまだ着かない。時間はたっぷりとあるのだ。
クルナに到着したのは夜21時を回っていた。
実に27時間の船旅となった。
時間は無駄にかかるし、決して安くない値段で、共用の汚いトイレとシャワー。
しかもGのおまけ付きだ。
だけど、船から眺めるバングラデシュはまた一味違った顔をしていたし、夕日も朝日も綺麗だった。
「今、旅をしている」
5ヶ月目に突入しようとしているこの旅も、小慣れてきてしまったのだろう。
ロケット・スチーマーは、あるいは8年前の感覚を少し思い出させてくれたように感じる。
そんなことを、80歳を過ぎた船から教えてもらった。
ワクワク感こそ、大事なのだ。
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